ウィキペディアタウン in 熊谷(2018.11.25)

DSC_0591.JPG駅前に鎮座していた謎の物体。たまたまポケモンgoを起動していたので「ラグビーボール」とわかりました。




[ここに地図が表示されます]




ウィキペディアタウンin熊谷-熊谷の魅力をウィキペディアで世界に発信!- (埼玉県立図書館ウェブサイト)

「ウィキペディアタウンin熊谷-熊谷の魅力をウィキペディアで世界に発信!-」の開催について(県立熊谷図書館) (埼玉県庁ウェブサイト)

ウィキペディアタウンin熊谷 (Facebookイベントページ)



2018年11月26日、標記イベントに参加してきました。主催は埼玉県立熊谷図書館、協力としてくまがい探偵団、Code for Kumagayaが名を連ねています。

熊谷は(新幹線で通過するだけだったので)人生初の訪問となります。せいぜい「夏は非常に暑い」という程度の知識しか持っていませんが、今回も敢えて予備知識なしで出かけました。

東京特別区から参加の私は、最寄り駅から私鉄に乗りさらにJRに乗り継いで熊谷を目指しました。約2時間弱で到着したので、天気もいいし街の様子を見るのを兼ねて歩くことにしました。

DSC_0596.JPGこれが県立図書館の建物です。

駅前は工事中で、ラグビーボールとおぼしきモニュメントと熊谷直実?らしき騎馬武者の像が。近寄れないので、詳細不明なのが心残りです。歩みを進めるうちに、中央公園にさしかかりました。ここまで来ると、目指す県立図書館は遠くありません。県立図書館の建物を見て、ようやく駅前のモニュメントの意味がわかりました。

目的地の県立図書館は、システム入れ替えの関係で休館中でした。ただし、イベント参加者は問題なく入れます。受付ではおそらく参加証を兼ねたネームプレートと本日の案内パンフレット(タイムスケジュールおよび街歩き&ランチマップ)などを渡されました(すぐに知り合い数名…N氏、D氏、K氏などにお会いできました)。

このときには、すでに午前中の街歩きのグループ分け及び午後からの記事編集グループが決まっていました(午前・午後とも知り合いのいないグループに割り当てられた…、まあ異世界に1人で迷い込んだわけじゃないし、何とでもなるかと腹をくくりました)。

DSC_0601.JPG聖パウロ教会。


主催者挨拶などの後に「くまがや探検隊」の方々のガイドで約2時間街を歩きました。回る場所は執筆候補を含めて約14か所です。ルートは県立図書館(出発地)→「くまん堂」→千形神社熊谷聖パウロ教会→奴稲荷神社→熊谷寺→宮沢賢治歌碑(八木橋)→本陣跡→星渓園→石上寺→戦災者慰霊の女神像→札の辻跡→高城神社中央公園(一度お昼解散)となります。(ボールド体は記事編集対象です)

街歩きはわりと綺麗な流れの成田用水沿いをしばらく歩きます。この流れ沿いで毎年「川沿い作品展」という小展覧会が開催されているそうです。

最初に訪れた「くまん堂」と千形神社には深い関係があり、平直貞(熊谷直実の父)が退治した熊の首を埋めたのがこの地、熊の血が流れたところに建てた社が「血形明神」でやがて「千形神社」となったそうです(異説あり)。

空襲の被害を逃れて静かに佇む聖パウロ教会、子どもの健やかな成長に願いを込めた奴稲荷神社、通常非公開のため外側から眺めるだけだった熊谷寺…と歩みを進め、八木橋百貨店にたどり着きました。ここには宮沢賢治の歌碑があります。そして、まさに中山道に面しているため「中山道跡」の碑が建っています。旧街道の名残りは本陣跡や札の辻跡でも見受けられますが、戦災に遭っているためかつてを偲ばせるものはそれほど残っていないようです。

DSC_0631.JPG戦災者慰霊の女神像です。

熊谷市の指定文化財(名勝)星渓園では、豊かな緑と水に癒されました。園内には「熊谷椿」なる木があって、2-4月ごろ?に美しい花を咲かせるそうです。石上寺(モース博士の胸像や戦災から蘇った樹がある)を経て、戦災者慰霊の女神像を見ました。名匠北村西望先生による像は、終戦のまさに直前の空襲(熊谷空襲)によって亡くなった人々を慰霊しています。星川では毎年、灯篭流しも行われています。

高城神社(七五三のお参りと思しき可愛い参拝客が複数)を経て、中央公園(ここにも空襲の被害からよみがえった木が)でいったん解散し、各自でお昼です。N氏からメッセンジャーにてお昼ごはんの連絡を頂いたので、数人でランチマップに載っていた「ハンバーガーショップ スズキ」(熊谷市役所の近く)に行きました。


ハンバーガーショップ スズキ (retty)


ここは基本のハンバーガー(パテ入り)に好みの具をトッピングできます。その結果右手が不自由な私にはやや苦行っぽくなりましたが、バーガー自体はとても美味しく頂きました。

県立図書館に戻り、午後の部開始です。K氏によるガイダンスの後、いよいよ記事の編集にとりかかります。編集希望記事は「早い者勝ち」で決めることになっていて、私の属するグループは千形神社を担当することになりました。

私以外のお2人は初心者とのことだったので、時折レクチャーを挟みながら編集を進めていきました。ちょっと時間が押しましたが、時間内に記事は書き上がりました。(反省点あり。地元の方のお話によれば、「千形神社」は群馬県にもある模様です。先に気づいていれば千形神社 (熊谷市)のような記事名で立項すべきでした…。ただし改名などは群馬県の神社が立項されてからでも遅くはないかと思います)


本イベントで作成された記事です。


日本聖公会熊谷聖パウロ教会礼拝堂 (すでに立ち上げられていた記事を大幅加筆、詳細については履歴とノートを参照のこと)

更新履歴

千形神社

更新履歴


石上寺 (熊谷市)


更新履歴


高城神社


更新履歴


中央公園 (熊谷市)


更新履歴



DSC_0653.JPG記事の成果発表と講評後、6人で打ち上げです。熊谷駅近くの「秀萬」というお店で、リーズナブルで美味しいお店でした。






今回も楽しく有意義なイベントでした。主催者の皆さま、協力者の皆さま、そして参加者の皆さまに厚く御礼申し上げます。本当にありがとうございました、また熊谷でウィキペディアタウン(エディタソンでも大いに可)が開催されるなら、可能な限り参加したいと思います。

ここからは、ちょっと要改善点というか注文です。実は参加を申し込んで数日後に、主催者サイドから問い合わせのメール(希望者全員に送ったらしい)が届いていました。4つ質問があり、1 パソコンの操作スキル 2 当日持参可能な機器 3 ウィキペディアタウンへの参加経験 4 アカウントを持っているか というものでした。(多少ニュアンスが違うかもしれない)

他の方からも指摘があったようですが、その他の質問はともかく3についてはウィキペディアタウンの参加経験ではなく「ウィキペディアへの参加年数とおおよその編集回数または編集頻度(と書いてしまってよいのか)」を尋ねるべきではなかったかと。(所謂「ウィキペディアン」が不在なグループができてしまっていた上、メジャーリーガー級執筆者のお2人が同じグループという事態が起きていました。私も余裕があれば他のグループの作業を見ておきたかったけど、実際は自分のグループのみで手一杯でした)



DSC_0657.JPGちなみに、今回頂いた資料の中に、「ウィキペディアのマークアップ」に関するプリントがありました。…これ、どこかで見た覚えが(うれしいような恥ずかしいような)。


関連エントリ


ウィキペディアタウン in 熊谷 超高速版レポート


鋭意執筆&加筆。

"ウィキペディアタウン in 熊谷(2018.11.25)"へのコメントを書く

お名前:[必須入力]
メールアドレス:
ホームページアドレス:
コメント:[必須入力]