2017年08月19日

Wikipedialibから帰宅中。

ただいま、あさま628号の車内です。先ほど高崎を通過しました。(早い) 小諸は日中ピーカンだったのに、私がしなの鉄道に乗ったあたりから空模様が怪しくなり、軽井沢手前でバケツをひっくり返したような大雨です。

軽井沢でショッピングとディナーを楽しみ、時間があったらアウトレットも見ようと思っていたのに駅ビルから1歩も出られませんでした(--;)

ともあれ、イベントについてのレポートはいつものとおりローカルで纏めた上でこのブログにアップしましょう。そして、書きかけの記事も執筆を再開します。

そして、明日は久しぶり?に松山バレエ団の公演を観に行ってきます。噂のイケメンダンサー、刑部星矢さんをやっと観られます♪
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2017年08月13日

WikipediaLIB@信州#02【小諸編】に行けることに♪

WikipediaLIB@信州#02【小諸編】

先ほどのブログエントリではあんなことを書いてしまいましたが、おかげさまで参加できることになりました(お骨折りいただいた方には、感謝してもしきれません)私の自宅から小諸までは、新幹線としなの鉄道か小海線を乗り継いで2時間半ほどなので、日帰りも十分可能です。

思えば小諸には1度だけ行きました。7-8年ほど前相方と一緒に清里に行ったとき、「小海線完全乗車」を目指して終点まで行ったのみでした。(駅前あたりを少し散策してすぐに戻りました)今度は(天候にもよりますが)街歩きもあるようなので、楽しみです。週末に向けて、腰が痛いとか眠れないとかヘソが痛いとか(以下省略)ならないように体調を整え、今週中に新幹線チケットを買いに行くことにします。
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2017年08月01日

エディタソンレポートの一部訂正と補遺。

先ほど、過日アップしたエディタソンのレポートを読み返してたら…妙な衍字やら誤入力やらを発見しました;;「ガラス張り張り」っていったい…orz それより「小作」の所在地が何で「河口湖」になってんだか。(シーサーの「ペタぐる」機能を使ってタグを貼りつけたのに)…間違えたままでは何ともおさまりが悪いので、これから証拠隠滅訂正してきます。

あと、レポートで書き損ねてたこと。

1.カテゴリ分け:「オベリスク」というカテゴリを加えるか否か。形状は確かにオベリスクだけど、厳密な意味でのオベリスクとはいえないと意見がまとまったのでこのカテゴリは不採用になりました。

2.コメントアウト:私が書いた沿革前半部は、実はもう少し長さがありました。(8月1日の時点ではその部分は「コメントアウト」になっています)妙に筆が走ってしまい、「恩賜林の歌」についてまで下書きができましたが、そこまで謝恩碑の記事に加えてしまうと書きすぎだ、と思ってコメントアウトしました。(あとで「恩賜林」の記事の方にこの記述を出典付きで書き加えておきました)
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2017年07月30日

ウィキペディア・エディタソン「甲州事編 百科涼覧」 (2017.7.23)後編「風林火山?」

FB_IMG_1500767820769.jpg当日のポスターです。




Wikipedia:オフラインミーティング/中部/ 2017甲府ウィキペディアエディタソン「甲州事編 百科涼覧」


エディタソン当日は、朝の4時頃に目が自然に覚めました。酒はほぼ抜けていましたが…頭が痛いです。(ただし、エディタソン本番までに頭痛も治まっていました)さすがに寝直すこともできず、前日夜に引き続いてホテルの無料Wi-Fiを使ってブログ入力とメールのチェックなどをして時間をつぶしました。

朝食の時間にロビーまで降りてみると、3人(N氏ご夫妻とT氏)いらっしゃったのでご一緒させていただきました。前日食べ過ぎたので、パン1枚とコーヒー、あとサービスの「ほうとう」(妙な取り合わせになってしまった)だけにしてたら「少食ですね」と言われてしまいました。

エディタソンは午前10時開始、午後6時終了の予定です。開始時間よりも前に会場の山梨県立図書館に向かい、会場設営なども少しお手伝いしました。

山梨県立図書館

今回のエディタソンでは、(多少紆余曲折があったものの)題材は当日まで知らされなかったので(前編にも書きましたが)下調べどころか予備知識も何もない状態で本番を迎えました。(これは地元出身の某有名執筆者様=ウィキペディア日本語版をちょっと知っている方なら誰もが1度は読んだあの記事を書かれたお方です=以下S氏 以外はほぼ同じだったのではないかと思います)


都留文科大学のH准教授(本日の進行役)によるご挨拶、続いて山梨県立図書館副館長によるご挨拶に続いて、タイムテーブルの大まかな説明と撮影などに関する注意事項、そして執筆陣および解説者(この役回りを務めるのは某若手管理者様=有能な執筆者様でもあります)、撮影などのメンバー紹介です。今回のエディタソンに参加する執筆者は、私を含めて7名です。(泣く子も黙る超強力ラインナップの中に紛れ込んだ泣く子も笑うへっぽこ執筆者約1名←自虐モード入りw しかし、この7名でFAとGAを合計でいくつ書いているのか…数字にとことん弱い私にはわかりかねますが、こんな奴でも努力すればGAを書くことができます…余談に過ぎました)

そして、エディタソンのテーマ候補が4つ発表されました。

1.謝恩碑
2.山梨のワイン
3.甲府上水
4.山梨県庁別館(旧本館)

7人による合議の結果、テーマは謝恩碑と山梨県庁別館に決定しました。(選ばれなかったあとの2つもそれぞれ興味深いけど、多分1日では時間が…)

その後執筆希望記事別でチームを組み、「謝恩碑」チーム3名(以下Aチーム。リーダーはS氏、某メジャー級執筆者様=以下A氏、そしてへっぽこ約1名)と「山梨県庁別館(旧本館)」チーム4名(以下Bチーム。リーダーはN氏、メンバーはT氏など3名)の2手に分かれて小雨がぱらつく甲府の街へフィールドワークに出発しました。(撮影・Twitterなど記録担当の方や観覧の方もそれぞれチームに同行して街を回りました)執筆を希望してみたものの「謝恩碑」というのがどんな代物か全く知らなかったのですが、前日眼についたあのモニュメントと気づいて驚きました。

フィールドワークが終わりに近づいたころから、雨脚が強くなりました。おかげで事前に心配していた暑さは全く感じませんでした。図書館に戻って、ガラス張りの交流2つに分かれて執筆者チームはそれぞれ入室し、観覧者は別室へ。Twitter実況者・映像記録者も同席し、リアルタイムで編集風景が確認可能です。(観覧者も執筆ルーム内に入室可能でした)

執筆の経過については、togetterまとめなどですでに記録が出ていますので、臨場感を追体験したい方はぜひそちらを。(英語版を含めてリンクしておきます)当日のハッシュタグは #2017wpkofu(総合)、#2017wpkofua(Aチーム)、#2017wpkofub(Bチーム)、#2017wpkofue(英語version)です。

#2017wpkofu 2017ウィキペディア・エディタソン「甲州事編百科涼覧」


#2017wpkofua 2017ウィキペディア・エディタソン「甲州事編百科涼覧」

#2017wpkofub 2017ウィキペディア・エディタソン「甲州事編百科涼覧」


#2017wpkofue 2017ウィキペディア・エディタソン「甲州事編百科涼覧」(英語version)

当日観覧していた方によると「静のAチーム、動のBチーム」という印象だったようです。(チームリーダーのS氏とN氏のパーソナリティーの違いによるものでしょうか)。Aチームの方はあるお方が「まるでスターシップシャトルのコックピット」と形容するくらいスタティック(S氏が時折発言するくらいで、私とA氏は必要最小限のやり取り以外はそれほど喋らなかった)で、昼食もそこそこにずっと資料(山梨県立図書館司書の皆さまの協力によって、よい資料が揃えられていました)の読み込みと執筆にかかりきりになっていました(私が食べたのは桃3切れ、アイスキャンディー1本、それからペットボトルの生茶一本のみで、それはあとのお2人も同様だったのではないかと思われます)。一方のBチームは(見てたわけではないけど)いろいろな意味でダイナミックだったようです。(N氏ならばさもありなん…すみません;;)あとでN氏ご自身も「私は上杉謙信、Sさんは武田信玄タイプ」と発言なさってました。(蛇足ですがバレエPOVの視点で例えるなら、パリ・オペラ座とボリショイ・バレエ、シルヴィ・ギエムとニーナ・アナニアシヴィリ、エリック・ブルーンとルドルフ・ヌレエフくらい違う…いろいろな意味ですみません;;)いずれもヴィルトゥオーゾ揃いの演奏家=執筆者を揃えていても、片やオーケストラ(もちろんコンダクターはS氏)、片や(指揮者のいない)アンサンブル(主演奏者はパガニーニ張りの名手N氏というところでしょうか)といった印象もあったようです。

ある程度記事が形になってきたところで、項目名について3人で相談することになりました。単に「謝恩碑」では他の地域のもの(大磯町など数か所にある模様)との区別がつきにくいので、地名を付して「謝恩碑 (甲府市)」と決まりました。(神奈川県からお越しになった観覧者のお方が「謝恩碑 (大磯町)」を書こうと仰ってくださったので、平等な曖昧さ回避を作ってそこからも誘導しました)なお、項目名には他に「謝恩塔」という候補もありました。(実はエディタソン終了後に他の方から無出典で書き足されてしまったので、私の自宅に近い図書館で何とか出典を探したのです)途中で山梨日日新聞の方が取材にやってきました。

Aチームの方が一足早く記事を完成させました。(今回もN氏から、沿革の前半部を私が執筆したことがすぐにわかると指摘されました)まだ書き足りない感や、やり残しの作業(特に内部リンク関連)が残るものの、S氏からエディタソン終了後も加筆を、と勧められました。

謝恩碑 (甲府市)

変更履歴 


山梨県庁舎別館 (旧本館) 及び県議会議事堂

変更履歴 


記事の履歴を見ていただけば、(N氏ならずとも)誰がどこを書いたかは容易に判るかと思います。念のため、「謝恩碑」ではS氏がリード文と沿革節の後半(碑の建設について)、A氏が諸元などを書き、私は沿革節の前半(明治天皇が御料地を下賜した経緯)を書きました。(碑の建設に至るまでの背景をある程度は書いておいたほうがよいと判断したためです)謝恩碑の履歴を見ると、ある意味笑える部分があるかもしれません(?)今回の2記事は、立項してからわりとすぐに新着投票所に推薦されていました(仕事が早くてこれにもびっくり)。2記事とも無事に日次の新着にも選ばれ、次は月間新記事賞でどこまで評価されるのか、楽しみなような怖いような。

エディタソン終了後は、宿泊先近くの「小作」で打ち上げです。(お昼ご飯を食い損ねてたので)実に美味しくいただき、さまざまな方とお話もできました。(生来のコミュ障なので、何か失礼なことをしでかしていたら申し訳ございません…)



帰りは最終のスーパーあずさに乗って、その日のうちに帰宅できました。(私自身はお土産を購入する時間が取れなかったものの、桃を1個お土産にいただきました。翌日お昼のデザート代わりに美味しく食べました)

あっという間の2日間でしたが、この経験で学んだことを活かして、執筆者としてさらなるステップアップができれば、と願っています。そして次回、このようなイベントに参加できる機会が与えられたなら、さらに私の能力をお見せできれば、と思っています。

最後になりましたが、イベントの開催に関わったすべての方々、山梨県立図書館のスタッフの皆さま、一緒に執筆作業できた方々、そして観覧していただいた皆様に厚く御礼申し上げます。本当にありがとうございました。いつかまた遠くない日に、どこかでお会いしましょう。

DSC_0298.JPG素晴らしい思い出となった謝恩碑。いずれまた甲府に来たいと思います。
posted by Casse Noisette at 20:04| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Wikipedia関連イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ウィキペディア・エディタソン「甲州事編 百科涼覧」(2017.7.23) 前編「いざ、甲州へ」

DSC_0291.JPG稲荷櫓方面から見た風景。右端に見えるのが「謝恩碑」です。


[ここに地図が表示されます]


念のため:このレポートは、2017年7月23日に山梨県立図書館で開催された「ウィキペディア・エディタソン「甲州事編 百科涼覧」」の感想を執筆者として参加した経験からまとめてみたものです。あくまで私の視点による記録となっていますので、とんでもない勘違いや脱落、内容の偏りなどがあるやもしれませんが、平にご容赦ください。なお、文中の人名は(アカウント名も含めて)原則匿名といたしました。

7月23日に山梨県立図書館を会場として、ウィキペディア・エディタソン「甲州事編 百科涼覧」が開催されました。私は執筆者側の1人として前日から甲府入りしていました。なお、開催の経緯については以下のリンクをご参照ください。(読んでみると、私って最初から「執筆者側」のメンツに挙げられていたんだな、と今更ながらびっくり)

ラーコモラボ通信第71号「2017甲府ウィキペディア・エディタソンに向けて」 (2017年06月22日)

22日は午前中に洗濯などの家事を済ませてお昼ご飯を食べてから、新宿駅に向かいました。ノートパソコン(4代目Acer君)を持参するため荷物が重いし、最寄り駅のホームで電車を待っているだけでも暑い…、今回の目的地である甲府はさらに暑さが厳しいはずなので、無事に到着できるか余計な心配をしてしまいました。

新宿からは13:30分発の特急「かいじ109」号(土日運転)に乗って、1時間半ほどで甲府に着きます(在来線の特急に乗るのは数年ぶり、中央線の特急には5年以上乗っていませんでした)。途中、高尾を越えたあたりから雲行きが怪しくなり始め、相模湖を過ぎた時分には大粒の雨のしずくが車窓に当たって流れていきました。(着いたら大雨かな…)と思いましたが、幸い甲府に着いた頃には雨は上がっていました。

雨上がりの甲府は、かなり暑いものの東京とは体感温度的に大差がありません。集合時刻(18:00までに甲府駅南口のホテル東横イン2ロビーへ)までにかなり間があったので、よい機会なので周囲を散策することにしました。(母方の親戚が甲府に近い韮崎市や北杜市にかなりいるはずですが、代替わりなどでほぼ没交渉です。そのため甲府は松本や信濃大町に行くときに通過するだけで、前にちゃんと訪問したのは小学生?の頃という大昔の話になってしまいました)

甲府城址のある舞鶴城公園は、駅から至近距離です。公園を全部歩くと暑さにやられそうだったので、ひとまず眼についた建物だけでもと思って散策を開始しました。近くにあった自販機でミネラルウォーターを1本買ってから、公園に入りました。公園に入る前から、敷地内に高々と聳え立つオベリスク風のちょっと不思議なモニュメントが気になっていました。翌日知ったことですが、これが「謝恩碑」でした。(このときには、私自身がこのモニュメントの記事を書くことになるとは夢にも思いませんでした)

近くにある「稲荷櫓」に入ってみると、中はコンパクトな博物館のようになっています。近年になってから伝統の工法によって再建されたとのことで、1階では歴史や再建までの道のり、工事の様子などを紹介した映像が視聴可能です。(全部観ても1時間足らずなので、しっかり観てきました)映像での案内役は、ゆるキャラ風にデフォルメされた「柳沢吉保」くんです。再び駅に戻って南口方面へ。

駅前南口には、立木の周囲にミストシャワーが設置されている場所が何か所かあってかなり涼しいです。たまたま「4年2組」という2人組のミュージシャンがストリートライブを行っていたので、立木そばのベンチに座ってしばらく聞いてました。(路上から武道館を目指している青年たちだそうです)

4年2組オフィシャルサイト

DSC_0293.JPG藤村記念館です。

駅近くのビルにある本屋の売り場を時間つぶしに覗き、それでもまだ時間が余っていたので、駅北口に向かって「藤村記念館」の外側だけ見てきました。国の重要文化財という建物で、もう少し早めに行けば内部の見学もできたようです(残念)

23日のエディタソン会場となる山梨県立図書館は藤村記念館の至近距離にあるので、偵察というわけでもないけどちょっとだけお邪魔しました。…相当広く、天井も高いです。幾つかガラス張りのルームがあったので、(あれが明日の会場か)と思いました。本当は書架の内容なども見ておきたかったのですが、ぐっとこらえて図書館を後にしました(実際には、23日は会場となったルームにほぼ詰めっきりだったので書架を見て回る余裕は全くありませんでした)。

いつの間にか集合時間が近づいていたので、ホテル東横イン2に向かいました。ロビーから某FA執筆者様=以下N氏が私を見つけて手を振ってくれ、無事に合流できました。(もうお一方、某優良執筆者様=以下T氏 もご一緒でした)宿泊予定のメンバーがある程度集まったところでチェックイン、その後18:30に「前夜祭」として宿泊先近くにある「イッセイ」というお店で夕食会です。(N氏の奥様もお越しになられました。明日別のところでイベントがあるため、同行したそうです)

ワインは白ワインオンリーですが、それぞれに個性があって飲み比べるのも楽しいものです。地元や和食の素材とイタリアンをクロスオーヴァーさせたお料理も美味しくいただき、楽しい前夜祭となりました、(「イッセイ」にははるばる東京から通う常連さんもいるほどのお店だそうです)



お店から出ると、雨が…(一時はかなり降っていた模様です)。宿泊先に帰ってシャワーを浴び、無料Wi-Fiを使って4代目Acer君の動作を確認。…無事に動いてます。エディタソン本番で長々とアップデートやらウィルスチェックやら実行されたらかないませんが、その心配が少なくなったのでひとまず安心して眠ることにしました。明日はいよいよエディタソンの本番です。期待半分、不安半分、何が私の前に「題材」として現れるのか、そして私の能力を発揮できる場になるのか…。(あえて下調べも何もせず、予備知識皆無のままで甲府入りしていたのです)

なお、典型的コミュ障の私がWikipedia関連の各種イベントに参加するようになった経緯については以下リンク(ブログの過去ログ)をご覧ください。

転機となったあの会合(どうでもいいネタバレ?あり)
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ウィキペディア・エディタソン「甲州事編 百科涼覧」(2017.7.23) レポート下書きを終える。

おはようございます。東京は日曜日なのにぐずついた空模様です。

先ほどまで、過日のウィキペディア・エディタソン「甲州事編 百科涼覧」についてレポートの下書きを行っていました。(家事やら仕事やらの合間を見て書いてたら、なかなか進みませんでした)それでもどうやら一通りのことが書けました。

妙に長くなってしまったので、前後編に分けてリリースすることにしましたが、それでも何かがまだ書き足りないような…。まあ、7月中に公開できたということでご容赦いただければと思います。

なお、今日は午後から多摩川を渡って、川崎駅前の「ミューザ川崎」まで行ってきます。

フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2017 洗足学園音楽大学 魅せるバレエ
posted by Casse Noisette at 10:43| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | Wikipedia関連イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月25日

本日(2017.7.25)のWikipedia日本語版メインページ(やた♪)

おはようございます。短くも非常に充実した夏休みが昨日で終わり、本日から仕事復帰です。

首記のとおり、一昨日のエディタソン(甲州事編 百科涼覧)で共同執筆した[[謝恩碑 (甲府市)]]が本日のWikipedia日本語版メインページに新着記事として選出されました(やた♪)

得意分野もスタイルも違う私を含めた3人(S様、A様)による共同作業です。…泣く子も笑うへっぽこ執筆者(私ですw)がお二人の足を引っ張らないか心配してましたが、どうやら大丈夫だったようです。(書き上がった記事を見た某FA執筆者様から、あの部分は私が書いたとすぐにわかる、と今回も指摘されました(;^_^A)

なお、エディタソンのレポートはローカルで書きためています。やっと宿泊先に着いたところまで書けました。

では、仕事に行ってきます。
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2017年07月24日

ウィキペディア・エディタソン「甲州事編 百科涼覧」 から帰宅する。

日付が変わる前に帰宅できました、シャワーを浴びてすっきりしたところでブログを書いています。

取り急ぎ、2チームに分かれて記事作成。成果については、皆様がそれぞれご判断いただければと思います。

謝恩碑 (甲府市)


山梨県庁舎別館 (旧本館) 及び県議会議事堂

両記事とも(約1名泣く子も笑う執筆者が混じってますが)執筆担当者が超ビッグネーム揃いです。なお、謝恩碑の履歴を見るとある意味笑える部分があるかもしれません(?)今回の2記事は、立項してからわりとすぐに新着投票所に推薦されていました(仕事が早くてこれにもびっくり)。

とりあえず、togetterまとめをリンクしておきます。なお、私のチームは昼飯を食べに行く時間さえ惜しんで記事の作成に勤しんでました。(私が食べたのは桃3切れ、そしてペットボトルの生茶を飲んだだけです。後のお2人も似たり寄ったりだったと思われます…)

#2017wpkofu 2017ウィキペディア・エディタソン「甲州事編百科涼覧」

#2017wpkofub 2017ウィキペディア・エディタソン「甲州事編百科涼覧」

日を改めてもう少しマシなレポートをアップします。では、お休みなさいませ💤



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2017年07月22日

wi-fi環境テスト中(酒気帯び注意)

朝方のblogであんなことを書いてしまいましたが、宿泊先にフリーのwi-fiが整備されていたので、4代目acer君のテストを兼ねて投稿します。{接続には問題なさそうなので、あとは無事に投稿できるかどうかのテストです)

宿泊先近くの飲食店で、つい先ほどまで3時間ほど飲んで食ってました^^; 白ワインを数種呑み比べましたが、それぞれ個性豊かで美味しかったです(地元や和食の素材とイタリアンをクロスオーヴァーさせたお料理もなかなかでした)。東京から泊りがけで来る方もいるほどのお店だそうです。



明日は明日で、別の接続環境からブログを投稿するかもしれません。なお、東京には23日の午後11時少し過ぎに戻る予定です(歯医者で歯石をガリガリやる予約ありw)。
posted by Casse Noisette at 22:41| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Wikipedia関連イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月17日

第12回ウィキペディア街道「大山道」(2017.7.16)

実相院の木槿.JPG実相院で見つけた木槿。清楚で華やかです。




[ここに地図が表示されます]





朝から暑い日でしたが、日焼け止め、冷却スプレー、帽子などで対策を済ませた上、集合場所の松陰神社前駅に向かいました。マイノート(4代目Acer君)とポケットWi-Fi、付箋やらマウスパッドやらの他に、参考文献数冊と文献のコピーも少し。(今回借りることのできた文献の中に「世田谷中世の城塞」という本がありました。ちと残念だったのは、1月末の三宿神社執筆のときにこの資料に気がついていれば、もう少し書き込むこともできた点です)

途中で世田谷線に乗り換え、集合予定時間よりやや早めに到着しました。松陰神社前駅で(どこかで見た顔が…?)と思ったら、某氏(ジャニーズと共演した「あの」お方です)だったので驚きました。(リアルで会うのはほぼ半年ぶり…かな?)今回のイベントでも、ウィキペディアクラスタは私だけかと思いこんでいましたので。

予定では10人参加(そのうち初参加3人)と聞いていましたが、多少人数の変動があったため集合時間に来たのは9人でした。(あと2人いましたが、諸般の事情でお昼過ぎからの参加となりました)今回初参加の方のうちお一人は、peatixアプリでイベント開催を知って参加してくださったそうです。

予定では勝国寺と実相院の現地取材後、昼食→弦巻区民センターで執筆→解散後有志にて懇親会という日程でした。ただし、参加者から「松陰神社も見たい」という意見が出たので、急遽立ち寄りました。境内には松陰先生のお墓などの他、復元された「松下村塾」の建物があり、「ここでウィキペディアタウンの編集をやりたい」という意見が。なお、2017年7月17日の時点でWikipedia日本語版の「松陰神社」記事は世田谷(ここ)と萩が1つの記事にまとめて記述されている状態です。(将来的には松陰神社を平等な曖昧さ回避にして、区市名で区別すべきかと思います…まずはどちらの神社記事ももう少し充実させてからの話になりそうですが)

松陰神社 (Wikipedia日本語版)

松陰神社から次の勝国寺まではさほど遠くありません。世田谷区役所第一本庁舎(前川國男氏の設計による文化財クラスの建物ではあるけど何しろ古いし、しかもユーレイ騒ぎがあったと聞きました)の前を過ぎ、急坂(勝国寺坂の通称で呼ばれています)にさしかかるあたりに赤門と地蔵菩薩立像が。ここが勝国寺です。




勝国寺門前.JPG勝国寺の門前です。





勝国寺は世田谷城の裏鬼門という要害の地に建立された寺院ですが、火災と戦災のために古記録を失っているので創建時の状況については詳らかではありません。古い建物もほとんど失われてしまい、門と白山堂のみが残ったそうです。勝国寺は吉良氏と深いつながりがあり、それは次に訪れる実相院も同様です。(横浜市にも同名の寺院があって、こちらも吉良氏とゆかりが深いそうです)

勝国寺から世田谷線と世田谷通りを渡ってしばらく歩くと、中央図書館のすぐ近くに実相院があります。緑豊かな木立に包まれた美しい境内のある寺院で「せたがや百景」に選定されるほど趣深い場所ではありますが…季節柄「蚊」の大歓迎が。(私は幸い刺されませんでしたが、男性陣で被害を受けまくっていたお方が。見ていてこちらも刺されてないのにかゆくなりました)

実相院は吉良氏最後の当主氏朝の隠居所で、その後江戸幕府により10石の朱印状を与えられています。境内には増上寺や寛永寺から石灯籠が集められ、その他に「高橋是清翁髭墓」なる珍しい「お墓」が。

お昼は昨年5月に代官屋敷と勝光院を執筆した時と同じ世田谷通り沿いの「サイゼリヤ」です。すぐ近くの桜小学校には東京都の天然記念物「桜小学校のオオアカガシ」があります。世田谷通りからも結構木の姿が見えますが、フェンスが邪魔なので写真撮影は困難かと思われます。(また樹形が乱れたような…)

サイゼリヤから執筆会場の弦巻区民センターまでは、多少距離があります。弦巻区民センターで残りのお2人(北関東の某県でウィキペディアタウンの開催計画を立てているというお方とイギリスからの留学生の青年)と合流して、いよいよ執筆です。

会場で2チームに分かれて執筆を開始、今回は実相院希望者が多かったです。私がどちらを書いたかはあえてここでは明確にしませんが、履歴を見なくても文面から一発で判るかと。(某氏に「こんなに詳しく書いたのはこいつか!」と冗談交じりに怒られましたw)

実は途中まで快調だった私のポケットWi-Fiが途中で絶不調に…。某氏に助けていただき、せっかく書いた記事草稿を無駄にせずに済みました。そして実相院も勝国寺も見事に完成です。そしてイギリスの青年は、Wikipedia英語版の Shōin shrine にも画像をアップしてくれました。(日本語版はあの有様なのに、英語版は世田谷区の神社単独の記事になっています)

勝国寺 (世田谷区) (Wikipedia日本語版)

実相院 (世田谷区) (Wikipedia日本語版)

Shōin shrine (Wikipedia英語版)

午後5時に会場を退出しなければならないので、急ぎ出て時間のある人だけで折から代官屋敷で開かれていた「ホタル祭り」を観に行きました。狭いテントの暗闇の中、儚げに光を放つ蛍の姿がいじらしかったです。その後は4名のみ参加で上町の「サハラ」というアジア料理屋さんで懇親会です。写真など取り損ねましたが、リーズナブルで美味しいお店でした。



帰りのバスを逃がしてしまったので、私鉄駅までしばらく歩きました。途中で通りかかった「リンゴピザ」の看板に心惹かれつつも、歩いているうちに酔いはほぼ消えて、快適な散策となりました。

次回の執筆対象はどこになるのか、私も可能な限りまた参加できればと思っています。皆様、お疲れ様でした。またお会いしましょう。




実相院のアカマツ.JPG実相院のアカマツ。世田谷名木百選に選ばれています。
posted by Casse Noisette at 21:48| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Wikipedia関連イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする