記事[[万葉翡翠]]について。

ヒスイ海岸の原石2.JPGヒスイ海岸の原石。以前別の記事でこの画像を使いました。


[[万葉翡翠]]

昨日深夜、この記事をWikipedia日本語版にアップしました。清張先生が1961年に発表した短編小説で、歴史ロマンに旅情をプラスした推理ものです。

清張先生の小説は素敵なタイトル(ex.Dの複合、球形の荒野、聖獣配列etc.)が多いですが、その中でもこの作品のタイトルが一番素敵です。(記事にもちょっと書きましたが、この作品は先生自身も気に入っていました)

記事を書こうと思い立ったのは昨年12月の伊豆方面取材旅行の頃ですが、本腰を入れて取り組んだのは先日のWikipediaブンガク「松本清張」で取り組んだ[[日本の黒い霧]]の加筆修正が一段落した後です。イベントの予習のときに調査した資料を再度確認し、取り寄せたりコピーしたり…1冊だけ、光文社文庫(2018年に発行された新しいもので、某区図書館には所蔵が見当たりませんでした)を某駅前の書店で立ち読みし、巻末の解説が良いと思って即購入しました。(実際、「使える」記述でした)光文社文庫に限らず、文庫や全集の解説は「使える」ものが多いので、収録されている文庫や全集は可能な限り取り寄せました。

他に、今回のために借りたものでは赤塚隆二氏の「清張鉄道1万3500キロ」が良い資料になりました。(清張先生の作品を「乗り鉄」の視点から当時のダイヤグラムなどを分析し、研究する切り口が面白いです)さらに、[[ヒスイ海岸 (糸魚川市)]]などを執筆するために糸魚川市まで数回通った際に集めた資料も役に立ちました。

記事の構成では、当初「評価」の部分は「作品そのもの」と「歴史家の視点」の2つで書こうと思っていました。つまり、中西進先生の意見も「歴史家」の方に入れようかと漠然と考えていましたが、資料を読み直して(これは中西先生のみの節を作った方が見通しがよくなる)と思い、そのようにしました。(そのまま加えると、この節だけが妙に長くなって記事のバランスが悪くなるかも、と考えたのです)で、「歴史家」の部分は「考古学者の視点」として書き直しました。(中西先生の寄稿文は、一読の価値ありと思います)

そして画像。ヒスイの画像はコモンズにかなりありましたが、この記事に載せるのは「まさしく糸魚川産の緑色翡翠」でなければすべてが台無しです。で、以前フォッサマグナミュージアムで撮影しておいた画像をアップロードしました。

ついでながら…私自身はこの作品を読んで、(ミステリーの部分が弱いかな…)と思いました。阿刀田高氏が評で「一つの鍋に二つの料理が入っているような違和感」と記述していたのはさもありなん、と頷けます。

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