第19回ウィキペディア街道「大山道」(2018.11.4)

木の柱.JPG観音寺近くにあった「鎌倉街道」の標柱です。




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2018年11月04日、第19回を迎えた首記イベントに参加してきました。

朝から曇りがちでやや肌寒かったので、折りたたみの傘を持って早めに出かけました。自宅からは私鉄などを乗り継いで、集合場所のつきみ野駅(東急田園都市線)までには1時間ちょっとかかります。集合時間は午前10時でしたが、例によって30分以上前に着いてしまいました。

駅前でただボーっと待っているのも芸がないので、予定コースの反対側を少し散策しました。駅前の案内板を見ると、行く手には「つる舞の里歴史資料館」という建物があるようです。さすがにそこまでは行けそうにないものの、緩やかな起伏のある地形を道なりに進んでいくと、公園や野球場などの間に遺跡が点在しています。遺跡脇の表示板を読んでみると、この近辺はすでに旧石器時代から人の足跡がある地域のようです。


つきみ野遺跡群 歴史ロマンで観光振興 タウンニュース大和版 掲載号:2012年7月27日号


歩き回っているうちにいつの間にか雨がぱらつき始めたので、駅前に引き返しました。

今回は5名参加、全員が知り合いです。行程は昨年12月初旬に開催された第14回ウィキペディア街道(現地調査編)と一部重なっています。執筆対象は「観音寺」と「下鶴間ふるさと館」、文献調査は省略して現地調査→お昼→執筆というタイムテーブルです。

八王子街道(Wikipedia日本語版では「神奈川往還」という記事名で説明されています)は、道幅の広い普通の道路になっていて、街道の面影はありません。まずは観音寺(この付近から下鶴間宿となります)を訪問しました。

観音寺に入る手前に、木の柱(このブログエントリの冒頭に置いたあの写真です)があって「鎌倉街道」についての説明が書かれています。古道鎌倉街道は、まさに観音寺の境内を通過して続いています。(お墓の脇を通るので、夜間は遠慮したい道です…。写真はあるけど文献が見つからず、この時点では記事に反映されていません)


公孫樹.JPG観音寺門前からイチョウの木を撮りました。


観音寺は17世紀以前に遡る古刹ですが、開創の時期などについては不明です。ここに生育するイチョウの大木とは約1年ぶりの再会となります。昨年は見事な黄葉で出迎えてくれましたが、今年はまだ時期が早かったようです。(天気が今一つだったので、ちょっと寂しげに見えました)


横浜系ラーメン.JPG初の横浜系♪塩味で濃厚な割にはしつこくない。これは美味しかった♪


観音寺を辞去後、下鶴間ふるさと館に向かう道すがらでお昼を食べることになりました。「壱八家 つきみの店」という横浜系ラーメンのお店です。





開店直後だったので、すぐに座ることができました。初の横浜系ラーメンはとても美味しかったです。

その後、第2の執筆対象で本日の執筆対象でもある「下鶴間ふるさと館」に行きました。この日は敷地内で「観賞魚」のイベントをやっていましたが撤収が早かったようで、ほとんど見ることはできませんでした。


くすり.JPGその昔、ここが商家だったころの名残りです。


昨年来たとき、「ここで執筆してみたい」と話が出たのが現実になりました。ただし、会場の使用時間が午後4時期限だったので、2組に分かれて集中して執筆にかかりました。(今年は天候が今ひとつだったので、昨年撮った写真をかなり使用しています)


観音寺 (大和市)


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大和市下鶴間ふるさと館

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ネパールビール.JPGネパールのビール。飲みやすい♪


期限の午後4時までに2記事ともひととおり完成しました。その後は打ち上げ、先ほどの「壱八家」とは比較的近くにある「ニューデリー」なるアジアン料理のお店です。ネパールビール、お料理とも美味しかったです。

こうして第19回のウィキペディア街道は無事に終わりました。いよいよ次は節目となる第20回…可能な限り参加したいと思います。皆様、お疲れ様でした。そしてありがとうございました。


ウィキペディア街道プロジェクト 今まで書いてきた記事の成果が、まさに道となって連なっているのがお分かりいただけるかと思います。

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