第10回 Wikipedia TOWN ×高遠ぶらり(2017年1月28日)

IMG_20170128_112251.jpg高遠はご覧のとおり上天気でした。

[ここに地図が表示されます]


R氏(「熊のマスクの人?」)からお話をいただき、はるばる高遠まで日帰りで行ってきました。事前案内で「非常に寒いし、帽子や手袋を忘れると手や頭が凍る(大意)」と散々脅かされていたため、フェイクダウンのジャケットやら帽子やら手袋やらピンスパイク付きの防滑仕様ブーツなどで完全装備です。

指定されたバスは「新宿伊那飯田線」3601便で、バスタ新宿を6時45分に出発する始発便でした。それに間に合わすには、朝5時台の私鉄電車(各駅にしか乗れない)で6時15分頃には新宿に到着する必要があります。前夜あまり眠れなかったものの、ちゃんと4時台に目が覚めました。(申し訳ないことに相方も起きてくれていて、朝ごはんが既にできていました)

バスタ新宿は、よく迷子?になる私でも迷いっこない場所に存在するため、余裕でバスに乗り込むことができました。やがて発車時刻が来て、バスはまだ夜明け前の新宿を後にしました。車窓から見渡す空が夜からやがて朝に移り変わると、バスは一般道から高速に乗って走り続けます。窓からは彼方に雪で白く装った富士山の頂が朝の光に輝いているのが良く見えて、これ以上ない上天気でした。富士山はかなり長い間行く手に見えていて、そのうち姿が間近になり、やがて手前から迫ってきた山並みに隠されて姿が見えなくなりました。往路では双葉サービスエリアで1回休憩し、同じバスに知り合いが3人(R氏、A氏、某FA執筆者様)が乗車しているのを確認できました。

伊那インターで下車してみると、全く寒さは感じませんでした(ジャケットは羽織る程度で十分でした)。インター近くまでお迎えに来てくださった車で会場に向かいました。

伊那インターから会場までは、さらに距離がありました。会場となった伊那市立高遠町図書館は、土足厳禁の場所です。(ストーブが入口近くに設置されてました。東京で暮らしていると、普段ストーブを目にすることはそれほどありません)スリッパではなく、そのまま館内へ上がることになります。(伊那インターと会場で有名執筆者様2人と合流です)

ガイダンスなどの後、1時間半ほど街を歩きました。高遠は(妙な表現ですが)拍子抜けするほどの快晴で積雪も全くなく、青く澄み渡る空には雪化粧の山々がくっきりと映えています。道を歩くと、ところどころが凍っていましたが足元が悪いというほどでもありません。鉾持神社、建福寺(石仏群が圧巻)などを見てきました。

IMG_20170128_123906.jpgお弁当♪

会場に戻って、みんなで昼食です。ジビエ(鹿肉)を使ったお弁当で、美味しく頂きました。

午後は資料探しと記事作成・編集そして成果の発表です。今回の対象は、「高遠石工」(加筆)、「鉾持神社(だるま市)」(加筆)、「高遠高校」(加筆)、「高遠電灯」(新規作成)の4記事です。私は(高遠石工に1つ外部リンクを加えた以外は)できるだけ編集に手出しをせず、出典(脚注などの示し方)などをサポートする方に回りました。

成果発表の後は2手に分かれて、図書館内に所蔵されている貴重な図書を見学しました。非常に興味深いものがあったけど、書庫内が冷蔵庫状態…厚手のタイツを履いていても足元からじわじわピキピキと凍り付く感が(腰痛持ちには非常に辛い…)ここでも某FA執筆者様の博覧強記ぶりに圧倒されました。(改めて凄い人たちと知り合いになってしまったもんだと思うへっぽこ執筆者約1名)

かなり後ろ髪をひかれる思いでしたが、最終より1つ前のバスで東京に戻りました。(翌日に「ウィキペディア街道」イベントが控えていたためです)帰りのバスではほぼ眠り込んでいた上に、車内の乾燥が激しかったため翌日はボロボロのお肌で起床せざるを得ない状態でした…。

初の高遠訪問は、大変な強行軍ではありましたがそれだけ充実した1日でした。次に高遠へ行く機会があるかどうか、私にはまだわかりません。もし可能であれば、桜咲く美しい季節にプライベートでも再訪してみたいものです。主催者および参加者の皆さま、お疲れ様でした。そしてありがとうございました。

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