[[海道の松]]を執筆した理由。

今日はバスの遅延もなく早めに帰れたので、夕食(相方作の野菜たっぷり焼きそば♪)を食べた後にブログを入力しています。最近不調だったノート(三代目ダイナ君)も機嫌よく作動中ですし。

日曜日に、Wikipedia日本語版に[[海道の松]]という記事を書きました。Twitterでちょっと書いたのですが、今年10月に暴風で倒壊し、永遠に失われたマツの名木です。せめてこの木の記憶をWikipediaにもとどめておきたいと願いました。

実は、この木があった北陸地方某市には、年に数回通っています(このブログにもその時のことを何回か書きました)。で、(大きな記事は無理としても)それほど長くない記事であれば私に書けるものは書こうかな、と思って、行く度に暇を見つけて資料を集めたり写真を撮ったりしていました。(以前私が書き散らした記事…上刈ミカンなどに使う写真もついでに撮りました)

書こうと思っていた記事候補は他に3つ…真光寺の大イチョウ(新潟県の天然記念物)、関所榎、光照寺のシイノキとギンモクセイ(いずれも市の天然記念物)です。時間があったら海道の松と関所榎(この2本は市振地区のそれほど離れていない場所に生育していた)の写真を撮りに行こうかな、と考えていた矢先に、海道の松倒壊の悲報を聞いてしまいました…。で、写真がなくとも絶対書いておかねば…と強い思いに動かされて書き上ました。

失われたものは二度と帰っては来ませんが、このような形で存在を記録しておくことなら可能です(失われた天然記念物の木々…ex.淡路国道マツ並木手野のスギ小浜神社の九本ダモetc.)について、私が時折記事化しているのはそういう理由からです)。以前ある素晴らしい記事の執筆者様(ウィキペディアンなら多分知らない人はいないと思われるあのお方です)に、「良い取り組み」と過分のお褒めをいただいて嬉しかったです。

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